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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)306号 判決 1993年5月27日

ドイツ連邦共和国

ベルリン及びミュンヘン(番地なし)

原告

ジーメンス・アクチエンゲゼルシヤフト

代表者

カールハインツ・フィッケンシヤー

ロルフ・リヒヤルト・オームケ

訴訟代理人弁護士

牧野良三

同弁理士

矢野敏雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

吉村宗治

奥村寿一

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第20582号事件について平成3年8月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年12月20日付けでドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年10月9日、名称を「接続端子を備えた膜回路」(後に「膜回路の製造方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願したところ、平成1年8月25日、拒絶査定を受けたので、同年12月14日、審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第20582号事件として審理した結果、平成3年8月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  本願発明の要旨

1つの支持条片にまとめられている複数個の接続端子を、最初に一方の側でクリップ状の接続端子(3)を介して膜回路(SS)の端子面と接続し、次に接続片(1)を格子間隔の保持の下に連結しているウエブ(2)を分離除去してから、他方の側で、拡張部に続いて設けられた帯状の幅の狭い前記接続片(1)を用いてプリント配線板(LP)の係止孔(LO)に差し込むようにした膜回路の製造方法において、

前記ウエブ(2)の分離除去の後、少なくとも幾つかの前記接続片(1)をV字形のばねが形成されるように曲げるようにし、

この場合このばねの脚(6)の自由端部が、接続片(12、13、14)をプリント配線板(LP)の係止孔(LO)に差し込む際にストッパとして作用する前記接続端子(3)の拡張部肩縁(10)よりも上方に位置するように曲げるようにしたことを特徴とする膜回路の製造方法。

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

審決の理由の要点は、別添審決書写しの理由欄記載のとおりである(なお、第1引用例、第2引用例については、別紙図面2、図面3をそれぞれ参照)。

4  審決の取消事由

(1)  第1引用例及び第2引用例に審決摘示の開示があること、本願発明と第1引用例に開示のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認める。相違点についての判断のうち、「V字形がごく簡単な加工により形成される形状の1つであって、第2引用例の場合も実質的にV字状に曲げられていると云える。」との点、及び「本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、第1引用例及び第2引用例に開示のものから当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。」との点は争い、その余は認める。

審決は、本願発明が接続片(1)をV字形のばねが形成されるように曲げるようにしたことによって奏する顕著な作用効果を看過し、かつ、第2引用例の端子片も実質的にV字状に曲げられていると誤って認定して、相違点についての判断を誤ったものであって違法である。

(2)  本願発明は、接続片をV字形のばねが形成されるように曲げたことにより、次のとおりの顕著な作用効果を奏する。

A 脚17と自由な端部9とを内側に押すことにより、接続片の幅を狭めることができるから、孔LOと摩擦接触することなく接続片を極めて容易に孔LOに挿入することができ、また、脚17と自由な端部9に対する押圧力を解放することにより接続片を孔LOに容易に固定することができる(甲第4号証(平成1年5月10日付手続補正書)第8頁8行ないし20行)。

B 例えばプリント配線板LP上の素子22と膜回路DILとが互いに接触してはならないときは、両者の間隔a(別紙図面1の第5図のa)を広げることができ、その必要がないときは間隔aの幅を狭めることができる(甲第4号証第7頁14行ないし第8頁7行)。なお、このような間隔aの調節を実施しても、膜回路は外部から付加的力が加わらない限り、自縛作用によってこの脚17が差し込まれた位置に保持され得る(同第8頁18行ないし20行)。

C 接続片をV字形のばねに形成したことにより、かつ、自由な端部9が距離b(別紙図面1の第8図のb)だけプリント配線板LPより上方に突き出していることにより、膜回路を端子と共に問題なくプリント配線板から取り外すことができる(同第9頁5行ないし11行)。

(3)  これに対して、第2引用例の発明は、以下述べるとおり、本願発明の上記各作用効果を奏することができないものである。

A’端子がプリント基板のスルーホール(33)内部に接触する部分をほぼS字形状にしたこと、及びその自由な端部のくびれ部分が端子本体と密着していることにより、端子をスルーホール内部に挿入する際、端子の幅を狭めることができず、そのため、端子をスルーホール内に挿入することが困難である。仮に、端子本体とその自由な端部が所定の間隔をもって離れているとしても、第2引用例の端子のような構造においては、所定の間隔の設定如何によっては、S字形状部分が全部スルーホールに入りきらない前に自由な端部が端子本体に密着してしまうおそれが多分にあり、このような場合には端子をスルーホールに挿入することが困難であることは明らかである。

B’端子がスルーホール内壁に接触する部分をほぼS字形状にしたため、端子を例えば上方の位置にずらし、スルーホール内壁に接触する部分を2ヶ所にするときは、端子をスルーホール内に固定することが不可能となり、端子は容易に脱落することとなる。すなわち、第2引用例の端子は、本願発明の場合と異なり、その位置を調節することができないのである。

被告は、第2引用例の端子本体の脚の差し込み位置(深さ)はスルーホール内壁に固定する脚の位置を変えることにより、ストッパの作動しない範囲で調節することができる旨主張するが、以下述べるとおり、この主張は失当である。すなわち、

第2引用例の発明において、端子をS字形状に形成しているのは、スルーホールに挿入した際に端子を物理的に固定することの他に、電気的接続を完全に保持することを目的としているためである。ところが、端子を例えば前記の位置にずらすときは、端子をスルーホール内に固定することが不可能になり、容易に脱落することとなるのみならず、それまで端子が4ヶ所でスルーホール内壁と接続することにより、電気的接続を完全に保持することができたのに、端子が前記のような位置にずれるときは、電気的接続が不完全となり、第2引用例の発明の目的を達成することができないことになる。この意味で、第2引用例の発明においては、端子本体の脚の差し込み位置を変えることはできず、したがって、スルーホール内壁に固定する脚の位置を変えることにより、ストッパの作動しない範囲で調節するということもできないのである。

C’第2引用例の発明においては、端子の自由な端部のくびれ部分が端子本体と密着しているため、端子をスルーホールから取り出そうとする場合に端子の幅を狭めることができず、これを取り出すことは容易ではない。このことは、別紙図面3の第3図によっても明らかである。すなわち、同図のばね特性保持部35は端子本体31に完全に密着しているため、端子本体31を取り出そうとする場合、ばね特性保持部35を内側に押すことができず、端子本体とスルーホールとの間に隙間を作り出すことができないので、取り出すことが困難である。

(4)  以上のとおり、本願発明の上記各作用効果は第2引用例の発明が奏することのできない顕著なものであり、第2引用例の端子片(接続片)は本願発明の接続片とは機能的、形状的に非常に相違しているから、第2引用例の接続片は実質的にV字状に曲げられているとはいえない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張の違法はない。

(1)  本願明細書には、接続片の孔LOへの挿着性については、単に、接続片の丸められた端部が孔LOへの案内を著しく容易にすること(甲第4号証第8頁3行ないし5行)、及び丸められた端子端部はプリント配線板の孔にとって有利な小さな挿入横断面を有すること(同第6頁15行ないし17行)がそれぞれ記載されているだけであって、接続片をV字形に曲げたことによる作用効果については何ら記載されていない。まして、原告が主張するような、接続片をV字形に曲げたことによる孔LOへの挿着の容易性については示唆すらされていない。

したがって、請求の原因4項(2)に記載の作用効果Aに関する主張は根拠のないものである。

仮に、本願発明において、接続片をV字形のばねに曲げたことにより、原告が主張するような作用効果Aを奏することが本願明細書及び図面から理解できるとしても、第2引用例の端子でも、その脚部が実質的にV字状のばねとして曲げられており、そして、曲げられた端部は丸められているのであるから、その構造上、作用効果Aと同様の作用効果を内在しているといえる。

原告は、第2引用例の端子はその自由な端部のくびれ部分が端子本体と密着している旨主張しているが、同引用例の端子は、ばねが形成されるように、その端子本体の下方の幅の狭い帯状端部がV字状に折り曲げられており、その折り曲げられたばねの脚の自由端部(バネ特性を保持させる部分:23)は、端子がスルーホールに挿入される前では、別紙図面3の第2図に図示されているように端子本体(21)と密着しておらず、所定の間隔をもって端子本体より離れている。したがって、第2引用例の端子も、スルーホールの挿入に際しては、その自由端部と端子本体とを内側に押すことにより両者間の間隔を狭めることができ、スルーホールにスムーズに挿入され、挿入後は自由端部と端子本体に対する押圧力を解放することにより、別紙図面3の第3図に図示されるように端子をスルーホールに固定することができるものと認められ、この点本願発明と第2引用例の発明との間に実質的な差異はない。

(2)  本願明細書には、デュアルインライン回路とプリント配線板との間の間隔aを変化させることに関する事項として、単に、接続端子の下縁10がプリント配線板の表面に対してストッパとして作用すること(甲第4号証第7頁3行ないし7行)、及び上記間隔aを、接続片13、14を用いることにより、固定的ストッパを用いずに変化させることができること(同第7頁18行ないし第8頁3行)がそれぞれ記載されているだけであって、接続片をV字形に曲げたことと上記間隔aを変化させることとの関連については一切記載されていない。また、原告が主張する自縛作用は、プリント配線板の孔LOが金属性スルーホールコンタクト18に接続された本願発明の一実施例の場合(別紙図面1の第6図、第7図)であって、その場合、導電接続をはんだ付けせずに達成でき、膜回路が自縛作用によって差し込まれた位置に保持されることが本願明細書に開示されているにすぎず、間隔aの調整との関連については本願明細書には記載されていない。

したがって、請求原因4項(2)に記載の作用効果Bに関する主張は根拠のないものである。

仮に、原告が主張するような作用効果Bを本願明細書及び図面から読み取れるとしても、第2引用例の発明においても、実質的にV字状に曲げられた端子本体の脚部はばねとして作用しており、また端子本体の拡張部肩縁がストッパとして作用するのであるから、同引用例の端子は、その構造上、作用効果Bと同様の作用効果を内在しているといえる。すなわち、第2引用例の発明において、端子本体の脚の差し込み位置(深さ)は、スルーホール内壁に固定する脚の位置を変えることにより、ストッパの作動しない範囲で調節することができる。そして、端子本体の脚のスルーホールへの差し込み位置を調節できるということは、デュアルインライン回路の場合、プリント配線板上の素子と膜回路の間隔を変化させることを意味している。

原告は、第2引用例の端子を上方の位置にずらすと、端子をスルーホール内に固定することが不可能となる旨主張しているが、所定の差し込み位置でスルーホール内に挿入された端子本体の脚は、S字形状であるためスルーホール内壁との接触点が多く、かつそのばねの復元力がその形状上スルーホール内壁に直角に作用するため、スルーホール内に確実に固定されるものである。

(3)  本願明細書及び図面の記載によると、本願発明において、膜回路を端子と共に問題なくプリント配線板から取り外すことができるのは、接続端子の自由な脚6の長さLが長く、その自由な脚6の端部9が拡張部肩縁10より上方になっているため、接続片をプリント配線板の孔LOに差し込み固定すると、その自由な脚の端部9が距離bだけプリント配線板より上方に突出するからであって、接続片をV字形のばねに形成したことによるものである旨の記載は本願明細書にはない。まして、原告が主張するような、端子を孔から取り出そうとする場合に端子を内側に押して端子の幅を狭めることができる旨の記載は、本願明細書には全くないし、本願の各図面からも読み取ることができない。

一方、第2引用例の端子でも、ばねが形成されるように実質的にV字状に曲げられており、接続片は、自由な脚部の端部が端子をプリント基板のスルーホールに差し込む時にストッパとして作用する端子の拡張部肩縁よりも上方に位置するように曲げられている。それ故、端子の脚部をスルーホールから取り外す時は、その自由な脚部の端部がスルーホール内壁に引っ掛からずに本願発明と同様問題なく取り外すことができ、また、このことは、第2引用例の発明の「ICの取り替えを容易にする」という目的からみても明らかである。

したがって、この点については、本願発明と第2引用例の発明との間に原告の主張するような作用効果上の差異はない。

仮に、端子をスルーホールから取り出す場合に、原告が主張するように、端子を内側に押して端子の幅を狭めることができるという作用効果が本願明細書及び図面から読み取れるとしても、第2引用例の端子でも、その脚部がばねとして実質的にV字形に曲げられており、例えその自由な脚部の端部が別紙図面3の第3図のごとく端子本体と密着していたとしても、プリント基板上に突出している一対の端子の膨出部はばねとして作用するから、該膨出部をばね力に抗して内側に押すことができ、その結果端子の幅が狭められることは自明であり、この点原告の主張する作用効果と実質的に異なるところがない。

(4)  以上のとおり、本願発明と第2引用例の発明との間には、原告が主張するような作用効果上の差異はなく、また、端子の接続片を折り曲げてばね部を形成する際、V字形が加工上ごく簡単にとられる形状の一つであって、第2引用例の端子本体の接続片も実質的にV字形に曲げられていて、両者の形状の差異も微差であるから、かかる趣旨で、「V字形がごく簡単な加工により形成される形状の一つであって、第2引用例の場合も実質的にV字状に曲げられている」とした審決の認定、判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、並びに第1引用例及び第2引用例に審決摘示の開示があること、本願発明と第1引用例に開示のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第4号証(平成1年5月10日付手続補正書)によれば、本願発明は、1つの支持条片にまとめられている複数個の接続端子を、最初に一方の側でクリップ状の接続端子を介して膜回路の端子面と接続し、次に接続片を格子間隔の保持の下に連結しているウエブを分離除去してから、他方の側で、拡張部に続いて設けられた帯状の幅の狭い前記接続片を用いてプリント配線板の係止孔に差し込むようにした膜回路の製造方法に関するものであって、比較的安価で、噴流はんだ付けの際の膜回路の固定のための付加的補助手段をできるだけ省略した、膜回路をプリント配線板中に固定する方法を提供することを課題とするものであって、この課題は、ウエブの分離除去の後、少なくとも幾つかの接続片をV字形のばねが形成されるように曲げるようにし、この場合このばねの脚の自由端が、接続片をプリント配線板の係止孔に差し込む際にストッパとして作用する接続端子の拡張部肩縁よりも上方に位置するように曲げるようにすることにより解決されるとの知見の下に、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであることが認められる。

3  審決の取消事由に対する判断

(1)  上記甲第4号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「その接続端子の接続片(「接続路」とあるは誤記と認める。)は本発明によりV字形に曲げられている。湾曲半径rは実施例では最大0.1mmであり、従って丸められた端子端部はプリント配線板の孔にとって有利な小さな挿入横断面積を有する。」(甲第4号証第6頁13行ないし17行)、「このようにして形成された接続プラグは、接続端子の拡張部に連結している脚7と自由な脚6とを備えたばねから成り」(同頁17行ないし20行)、「接続片(「接触片」とあるは誤記と認める。)の丸められた端部はこの場合も、プリント配線板LPの孔LOへの案内を著しく容易にする。」(同第8頁3行ないし5行)、「非常に多数の接続端子を備えた膜回路の場合、これらすべての端子の接続片をV字形に曲げる必要はない。この場合第4図に示すように幾つかの接続片12を変形すれば十分であり、これにより十分な安定性が得られ、しかも差し込みに要する力はほとんど高まらない。」(同第7頁8行ないし13行)、「曲げられる接続片の数を変えることにより差込みの力を変化させることができ、」(同第9頁16行ないし18行)と記載されていることが認められ、これらの記載及び本願図面(成立に争いのない甲第2号証の添付図面)によれば、本願発明は、接続片を挿入すべきプリント配線板の孔LOが極めて小さいことから機械的処理の簡便さからみて、接続片を上記孔LOに摩擦接触しながら挿入し、全体としてばねを形成する接続片の孔LOに対する復元力により接続片の固定を予定するものであると認められるが、本願発明において接続片はばねとして形成されている以上、端子を内側に押して端子の幅を狭めることにより接続片を孔LOに摩擦接触することなく挿入し、挿入後この押圧力を解放することにより固定することも可能であり、本願明細書に明示的記載はないが、かかる方法も排除されているとまでは認められない。また、上記記載によれば、接続片を孔LOに容易に挿入することができるのは、接続片を折曲し、全体としてV字形としているが、その先端部がプリント配線板の孔に挿入に適した大きさに丸められていること(断面形状において完全なV字状ではなく、極めて小さい直径の半円又はそれに近い形状)によるものと認めるのが相当である。

他方、当事者間に争いのない第2引用例の記載及び成立に争いのない甲第6号証(第2引用例)の図面(別紙図面3)によれば、第2引用例のスルーホール用電子機器端子において、プリント基板のスルーホールに挿入される側の端子本体の端部を折り曲げ、ほぼS字形状のばねとして形成されるように互いに向かい合わせ(同引用例では複数のS字形状の突部を接触部22として孔壁に接触させる。)、その先端を丸めて本願発明に係る接続片の端部同様断面形状において極めて直径の小さい半円又はそれに近い形状とし、端子本体の他の端部のうち一方の幅の狭い帯状部分の先端(自由端)をV字形状に折り曲げばね特性を保持させる部分23とし、端子本体がスルーホールに挿入される以前は他方の幅の広い帯状部分と一定の間隔をもって対置させていることが認められる。しかして、この端子本体は全体としてばね機能を有するものということができるから、これをスルーホールに挿入し固定するに当たり、挿入時の孔壁とこれに接触する部分との摩擦接触及び挿入後の接触する部分の復元力を利用するか、ばね特性を保持させる部分を押して間隔を狭めて挿入し、挿入後の押圧力の解放と接触する部分の復元力を利用する点において、本願発明と変わるところはない。

したがって、第2引用例の発明において、端子本体のうち本願発明の接続片に相当する部分がスルーホールへ容易に挿入することについては、本願発明の接続片と異なるところはないものというべきである。

(2)  前掲甲第4号証によれば、本願明細書には、「第5図には、両側でプリント配線板LPに接続された所謂デュァルインライン回路DILが示されている。両側の接続にもV字形に曲げられた接続片13、14を用いると有利である。なぜならこれによりデュアルインライン回路とプリント配線板との間の間隔aを、固定的ストッパを用いずに変化させることができるからである。これは、プリント配線板上の素子22と膜回路とが互いに接触してはならないときに有利である。」(同第7頁14行ないし第8頁3行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願発明の接続片は、V字形に曲げられたことにより、例えばプリント配線板LP上の素子22と膜回路DILとが互いに接触してはならないときは、両者の間隔a(別紙図面1の第5図のa)を広げることができ、その必要のないときは間隔aの幅を狭めることができるという作用効果を奏するものとされているが、接続片をV字形とすることにより、何故にかかる間隔調整機能を有するのか上記記載からは明らかではない。もっとも、本願発明ではV字形に形成された脚の部分の自由端部が拡張部肩縁より上方に位置しているから、この自由端部と拡張部肩縁を把持して端子全体をストッパの効力の及ばない範囲で上下することは可能であると推測される。しかして、第2引用例の発明においても、端子本体の端部がプリント基板の孔内に差し込む際にストッパとして作用する端子の部分よりも上方に位置するよう端子片が曲げられていることは当事者間に争いがないから、第2引用例のこの構成によれば、本願発明同様ストッパの効力が及ばない範囲で上記のような間隔の調整は可能であるということができる。

ところで、原告は、第2引用例の端子はスルーホール内壁に接する部分がS字形状になっているため、端子をその主張するような位置にずらすときはスルーホール内に固定することが不可能となり、容易に脱落するから、その位置を調節することはできない旨主張している。

しかし、第2引用例の端子本体の接続片は、その形状上、ばねの復元力がスルーホール内壁に直角に作用するものであるから、接続片がV字形であるために斜め上方に広がろうとするばねの復元力が働く本願発明の場合と比べると、端子をスルーホール(孔)内に確実に固定するという点では、第2引用例のものが本願発明のものより劣っているとは到底考えられず、第2引用例の端子の位置を上方にずらした場合であっても、端子をスルーホール内に固定することは可能である。確かにたとえば、同引用例の発明において別紙図面3の第3図の端子本体が4ヶ所の接触部全部で内壁に接触していたのに、端子本体を上方をずらした場合には上方の2ヶ所の接触部の接触が解かれることが想定されないではない。しかし、その場合であっても端子本体が内壁と接触しているのは下方の2ヶ所の接触部だけではなく、上方の2ヶ所の接触部の直下の平面状の部分も内壁上縁部に接していることは明らかであり、しかも上記部分はばねとして形成されているS字形状部分の一部であるから、下方の2ヶ所の接触部とともに端子を孔内に固定する機能を有するものと認められる。したがって、端子本体を上方にずらしたからといって、端子が容易に脱落するものということはできない。また、原告は、端子本体をずらすと電気的接続を完全に保持できない旨主張するが、同引用例の発明において接触部4ヶ所が内壁に接触していなければ電気的接続が保たれないものではなく、端子をずらした上記のような接触状態であっても電気的接続が保持されていることは明らかなところである。

したがって、原告が請求の原因4項(2)で主張する作用効果Bは、第2引用例の発明に比して格別に顕著なものとは認め難い。

(3)  前掲甲第4号証によれば、本願明細書には、「はんだ付けした後、自由な脚部の端部9は距離bだけプリント配線板LPより上方に突出している。これにより膜回路を端子と共に問題なくプリント配線板から(はんだ付けを溶かして)取り外すことができる。それは自由な脚部の端部がプリント配線板の孔にひっかかることがないからである。」(甲第4号証第9頁5行ないし11行)と記載されていることが認められ、この記載と本願図面第3、第6、第8図によれば、本願発明において、膜回路を端子と共に問題なくプリント配線板から取り外すことができるのは、接続端子の自由な脚6の端部9が拡張部肩縁10より上方になっていて、接続片をプリント配線板の孔LOに差し込んで固定すると、その自由な脚の端部9が距離bだけプリント配線板より上方に突出する(別紙図面3の第8図参照)ため自由な脚の端部がプリント配線板の孔に引っ掛からないことによるものであると認められる。

他方、第2引用例の端子本体における接続片は、前記のように、自由な脚部の端部がプリント基板のスルーホールに差し込む時にストッパとして作用する端子の拡張部肩縁よりも上方に位置するように曲げられているから、端子の脚部をスルーホールから取り外すときは、その自由な脚部の端部がスルーホール内壁に引っ掛からずに取り外すことができるものと認められる。

したがって、プリント配線板(プリント基板)から端子を問題なく取り外すことができるという点については、本願発明と第2引用例の発明との間に特に差異はないものというべきである。

原告は、本願発明において端子を内側に押し、その幅を狭めて端子を孔から取り出すとか、膜回路を端子と共に問題なくプリント配線板から取り外すことができるのは、接続片をV字形のばねに形成したことによるものである旨主張するところ、本願明細書にはそのような具体的記載はない。しかし、V字形ばねとしての性質に鑑みれば、原告の上記主張も単に明細書に具体的記載がないとの一事をもってあながち排斥できないものがある。そして、前掲甲第6号証によれば、第2引用例の発明において、端子の挿入固定後は、ばね特性の保持部分23とこれと相対置する端子面は密着することになるのであるから、本願発明のように端子を内側に押して、その間隔を狭めて端子を孔から取り出すということはできない。しかし、前記のとおり、同引用例の発明においても端子の自由端部がストッパとして機能する端子の拡張部肩縁より上方に位置するこにより、問題なくプリント基板から端子を取り出すことができるのであるから、たまたま本願発明と対比して、取出し方法に欠けるところがあっても、これをもって両者間に効果の点において顕著な差があると認めることはできない。

(4)  以上のとおり、本願発明は接続片をV字形のばねが形成されるように曲げたことにより、第2引用例の発明が奏することのできない顕著な作用効果を奏する旨の原告の主張は理由がない。

第2引用例の端子の接続片も、本願発明の接続端子における接続片と同様の作用効果を奏することは上記説示のとおりである。そして、接続片の全体形状を、ばねが形成されその特性が生かされるように、かつ極めて小さい孔に挿入しやすいように先細り状に曲げたという点で両者は共通しており、特に同引用例の接続片の下方の2ヶ所の接触部より下の部分は、本願発明の接続片の形状と極めて類似している。また、端子の接続片をばねが形成されるように折り曲げる際、V字形が極めて簡単な加工により形成される形状であることは技術的に明らかである。これらの事実によれば、第2引用例の接続片の形状を本願発明の接続片の形状に変更する程度のことは、当業者において適宜なし得るところというべきである。

審決が、両者の接続片に機能的な差がなく、形状の差異も微差であるという趣旨で、「V字形がごく簡単な加工により形成される形状の一つであって、第2引用例の場合も実質的にV字状に曲げられていると云える」とした認定、判断は、措辞必ずしも適切とはいい難いが、本願発明が第1及び第2引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明し得たとする結論自体は誤っているとは認められない。

(5)  以上のとおりであって、原告主張の審決の取消事由は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、第158条2項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

<省略>

図面2

<省略>

図面3

<省略>

平成1年審判第20582号

審決

ドイツ連邦共和国ベルリン及びミユンヘン(番地なし)

請求人 ジーメンス・アクチエンゲゼルシヤフト

東京都千代田区丸の内3-3-1 ドクトル ゾンデルホフ法律事務所

代理人弁理士 矢野敏雄

昭和59年 特許願 第210642号「膜回路の製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年 7月19日出願公開、特開昭60-136396)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯、本願発明の要旨)

本願は、昭和59年10月9日(優先権主張1983年12月20日、ドイツ連邦共和国)の出願であって、その発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものと認める。

「1つの支持条片にまとめられている複数個の接続端子を、最初に一方の側でクリップ状の接続端子(3)を介して膜回路(SS)の端子面と接続し、次に接続片(1)を格子間隔の保持の下に連結しているウエブ(2)を分離除去してから、他方の側で、拡張部に続いて設けられた帯状の幅の狭い前記接続片(1)を用いてプリント配線板(LP)の係止孔(LO)に差し込むようにした膜回路の製造方法において、

前記ウエブ(2)の分離除去の後、少なくとも幾つかの前記接続片(1)をV字形のばねが形成されるように曲げるようにし、

この場合このばねの脚(6)の自由端部が、接続片(12、13、14)をプリント配線板(LP)の係止孔(LO)に差し込む際にストッパとして作用する前記接続端子(3)の拡張部肩縁(10)よりも上方に位置するように曲げるようにしたことを特徴とする膜回路の製造方法。」

(引用例)

これに対して、原査定の拒絶理由に引用した実開昭54-72657号公報(昭和54年5月23日出願公開。以下「第1引用例」という。)には、1つの支持条片にまとめられている複数個のクリップ状の端子を、その一方の側でクリップ状の端子部を介して実装基板のコンタクトパターンと接続し、他方の側で、該端子部の拡張部に続いて設けられた帯状の幅の狭い接続片であるリードフレームを、ウエブの如きものによって格子間隔の保持の下に連結させていることが、同じく特開昭54-131868号公報(昭和54年10月13日出願公開。以下「第2引用例」という。)には、スルーホール用電子機器端子に於て、端子の端部がS字形状のばねとして形成されるように端子片を互いに向合うように曲げ、その際形成されるばねの脚の自由端部が、端子の端部をプリント基板のスルーホールに差し込む際にストッパとして作用する端子の部分よりも上方に位置するように、端子片を曲げることが、開示されている。

(対比)

本願発明と、第1引用例に開示のものとを対比すると、本願発明における「接続端子」「膜回路」および「端子面」は、それぞれ第1引用例に開示のものにおける「端子」「実装基板」および「コンタクトパターン」に相当し、端子の接続後、その保持用のウエブを分離除去することは自明のことであるから、両者は、1つの支持条片にまとめられている複数個の接続端子を、最初に一方の側でクリップ状の接続端子を介して膜回路の端子面と接続し、次に接続片を格子間隔保持の下に連結しているウエブを分離除去してから、他方の側で、接続端子の拡張部に続いて設けられた帯状の幅の狭い前記接続片を用いる膜回路の製造方法である点で一致し、次の点で相違する。

すなわち、前記帯状の幅の狭い接続片の用い方が、本願発明では、少なくとも幾つかの接続片をV字形のばねが形成されるように曲げるようにし、この場合このばねの脚の自由端部が、接続片をプリント配線板の係止孔に差し込む際にストッパとして作用する接続端子の拡張部肩縁よりも上方に位置するように接続片を曲げているのに対して、第1引用例に開示のものでは、前記接続片の用い方について何ら言及していない点。

(当審の判断)

そこで、前記相違点について検討すると、接続端子の接続片の用い方として、ばねが形成されるように曲げ、その際のばねの脚の自由端部が、端子をプリント基板のスルーホールに差し込む際にストッパーとして作用する端子の部分よりも上方に位置するように、接続片を曲げることが第2引用例に開示されており、また接続端子の接続片のような帯状の幅の狭い部材をばねが形成されるように曲げるにあたり、V字形がごく簡単な加工により形成される形状の一つであって、第2引用例の場合も実質的にV字状に曲げられていると云える。

一方、第1引用例に開示のものにおける端子の接続片は、当然何らかの電子部品に接続されるものであり、その接続にあたり、第2引用例に開示のものにおける接続片の用い方とすることは、当業者が適宜なし得る処にすぎない。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、第1引用例および第2引用例に開示のものから当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(むすび)

したがって、本願発明は、第1引用例および第2引用例に開示されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年8月8日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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